大切なことはみんなYahoo!知恵袋が教えてくれたの?

京都大学文化祭のテーマが
「大切なことはみんなYahoo!知恵袋が教えてくれた」に決まったそうです。

というのはがっつりガセネタでした。この騒ぎは2011年6月6日の夜遅くから始まったみたいですね。

6月7日の午前中くらいにツイッターでこのポストを見つけたときには「ウホッ、おもろいテーマかも」とワクワクし、ええやんええやん!と同調しました。そこでもう少し突っ込んで知りたくなったので「はて?今時の大学祭にはオフィシャルサイトくらいあるでしょ」とGoogleしたら…あっさりガセかよ〜。そりゃそうだ、京大祭は11月。今からテーマ決まってるのもおかしいしね。

その反動から、こんな程度のやっすいネタに釣られてリツイートしてるようなプロのマスコミ関係者のいるメディアとか大丈夫か?という視点でツイッター検索かけた方が企画としては面白そうだ、とひねくれた副産物も出てきたり…話がそれましたね。

さて。何故この手の情報についてウラが取られないのかという素朴な疑問も湧いてきたので、ちょっと思いを巡らせてみる。この情報を受け取ったときに生じるであろう感情を想像してみると…。

(1) 自分はそのことについてよく知っているから、追加で調べる必要は無い。


(2) 見聞きしたことがそうであってほしいという勢い/願いから。


(3) 権威付けされた or 信頼できる情報源からのネタだから疑う必要が無い。


(4) そもそもウラをとる時間がない(けど、早く知らせなきゃ!)。


(5) ウラを取らなければいけないほどには重要なネタじゃない。


(6) 脊髄反射で間違いないと反応した。そのあとその真偽を再度確かめようという意志は出なかった。だって自分の中ではすでに真だもーん。


(7) ウラを取るなんて情報提供者に悪いし、信じてないってことだよね。


(8) 裏なんてモロ見えよりもチラッと見える方がエロいんじゃ〜。


などなど、ですかね。

今回のオイラの行動パターンは以下でした。

(a) おっ?おもしろい〜。もちっと突っ込んで知りたいな〜。


(b) 突っ込んで知りたいから、Googleしてみたよ(あわよくば追加情報を載せてツイートしちゃる)。


(c) たった一度のGoogleでネタ割れ、がっくり。三回くらいの「どうしてこうなったの?」に耐えて…欲しかった。


(d) どうしてオイラのプロセスはこうで、他の人はすぐリツイートしてくるの?ブログにしてみるか←イマココ


自分の場合。裏を取りたがる心情は、必ずしも間違いを質してやろう!などという正義感あふれる精神ではなくて、もっと知りたいなぁ、という野次馬根性が結果としてウラをとってガチかガセかを見抜いてるだけだったりしました。よく言えば好奇心に溢れているとも言える。あとは、リツイートする前にサブ的情報があった方がもっと盛り上がれるかもなという下心もあります。かっこよく言えば、ネタの奥行きを想像したとも。

実際にネタが広まった過程は (2)+(4)かな、と想像します。「京大だからこういうテーマ設定してもおかしくない(そうあって欲しいし、自分も賛成っす!)+こんな笑えるネタは一刻も早く拡散したい(流行りに乗れてる自分をアピール!)」

まとめると、善意や願望が好奇心や想像力を超えてしまうと真偽を確かめる前に広まってしまうのかな。


とかなんとか言ってたら、6月7日には一連の流れがトゥぎゃられていました。

「大切なことはみんなYahoo!知恵袋が教えてくれた」という京大文化祭テーマのデマ
ネットではこういう補正も早いですね。命や財産への致命的ダメージが無いことに対してセンシティブになる必要はないのかも知れませんね。逆に言うと記者クラブでの好奇心や想像力は「直ちに影響のある質問への回答について、一定の目処を立てるのに邪魔なので要りません」。


ま、ウソもネタも含めて人生楽しもうや〜。


お口直しに、京大名物・折田先生像でも見ておこうぜ!

Wikipedia「折田先生像」

銅像年表(ハリボテ編) - 折田先生を讃える会


最後まで読んでくれてありがとうございます。